• Facebook
  • twitter
  • rss

未来が見つかるカルチャーメディア

COTAS

未来が見つかるカルチャーメディア

menu

    • ABOUT COTAS
    • MEMBERS
    • CONTACT
    • SHARE TO

「講談社タイガ」が切り拓くフィクションの未来。小説の強度とは?【後編】

ミステリ文学は私たちの想像力を刺激する。「謎解き」という厳密な論理性を持ちながらも、ストーリー、文体、キャラクターなど、「虚構だからこそ出来る」魅力に満ちている。ミステリは、堅苦しい「文学」とは違って、変化の激しい市場にさらされながらも、自由な発想、ユニークな文体、魅惑的なトリック、魅力あふれるストーリーテリングによって、読者を楽しませてくれる。そんなミステリ・エンタメ文学の可能性を知ることは、創造性の未来を考える上で大きなヒントを与えてくれるだろう。

今回のインタビューでは、ミステリファンにとっては「伝説」の講談社文芸第三出版部(以下、文三)にて、「タイガ」という新しい文芸レーベルを牽引している栗城編集長に話を伺った。

Interview by Shusaku Hirota | Photos by Naomi Circus

2016.10.20[Thu]

前編から続く。

廣田:市場がシュリンクしている中で、「タイガ」という新しいレーベルを立ち上げられたことは勇気あるチャレンジですよね。経営視点では、儲からないなら、もうやめようとなるところを、栗城さんたちは、あえて新しいものを作ったり、これからの新しい作家さんを育てていこうとしています。その理由や目的は何でしょうか?逆境の中で、どのように「タイガ」が生まれてきたのか、その狙いをお聞きしてもよろしいでしょうか?

栗城:「新本格」の登場も含め、文芸第三は常にチャレンジしてきました。94年には京極夏彦さんがデビューして、メフィスト賞ができて、96年に森博嗣さんがデビューしました。2000年代に入ると舞城王太郎さんや西尾維新さん、辻村深月さんのような常に若い読者に響く作家がデビューしました。常に、新しい作家が生まれてきてヒットを生み出す場所です。それを未来につなげていきたいんです。

ノベルスが、若い世代にとっては、「お父さんの書棚にあるアレでしょ」って過去のものとしてイメージされるようになってしまった現在、彼らに、「これは自分たちに向けて出されている本なんだ」と思ってもらえるものを出さなければならないと思っています。

コンテンツ自体が古びているわけではないですし、謎解きそのものはいつの時代も需要があります。今だったら、リアル脱出ゲームなどをやっている人たちも当然ターゲットの一部だと思っています。

小説はそんなにハードル高くなくて面白いんだよ、っていうことをもっともっと伝えたいですね。『十角館の殺人』は大学生に読まれていますし、電子書籍でも、講談社の製品としては必ずトップの方に入ります。講談社を受けに来る大学生も文三希望の子はだいたい『十角館の殺人』を読んでいます。森さん、綾辻さんの作品を読んでいる学生はとても多いんです。

f6_kodansha009
今もリアルタイムで読まれている作品が20年、30年前に書かれていた──。素晴らしいコンテンツは、強度を持っていて、時代を超えるのだと思います。西尾さんも辻村さんもみんなデビュー作がちゃんと残っていますよね。

「講談社タイガ」は、「今」の気分で「講談社ノベルス」を創刊したらこうなるというイメージを形にしました。ここから、10年20年読み継がれていく作品群が生まれていくイメージです。

廣田:時代を超える価値を生むためにレーベル自体を常に刷新しているということですか?

栗城:そうですね。自己改革のようなものは、作家も含めて常に必要だと思っています。

廣田:「タイガ」も大きな自己改革だと思うのですが、この「タイガ」の改革にはどのような新しい試みがあるのでしょうか?

栗城:「講談社ノベルス」と異なる点では、ジャンルの幅の広さと男女比です。「講談社ノベルス」はミステリに特化したレーベルというイメージがありますが、「講談社タイガ」はもう少し広く、SFやホラー、ファンタジー作品もあります。「謎解き」というテーマを大きく扱っている感じです。男女比も「講談社ノベルス」は6:4〜7:3ぐらいの間で男性読者が多いレーベルですが、「タイガ」は半々くらいでしょうか。恒常的に小説の本や文庫を買う習慣のある人は女性の方が多く、逆に、男性の40代、50代の人が最も小説を読まないと言われています。

廣田:それは少しショックですね。若者の読書離れではなくて中年の小説離れということですね。

栗城:もともとその世代は、小説はあまり読まないのだと思います。一番仕事が忙しい時期なので、ビジネス書などの本は読んでいるのかもしれません。

そんな中、「新潮文庫nex」や「メディアワークス文庫」、「富士見L文庫」、「集英社オレンジ文庫」などの創刊が、ここ数年で相次ぎました。これらはどれもキャラクター文芸と言われるもので、ライト層かつ女性向けの作品が多いと感じます。私たちは、逆にヘビーユーザー向けで、月に2冊以上本を買う習慣のある、読書に知的興奮を求める人たちに向けたレーベルを作ろうと考えて「講談社タイガ」を立ち上げました。ヘビーユーザー向けということで買いやすさは重視しています。一冊2〜3時間程度で読めるぐらいのボリュームにして、手に取りやすいA6版(文庫判型)、新刊がお財布に優しい価格で読める、を実現しようと思いました。

f6_kodansha010
廣田:今、小説を売るために、作品がどんどんライト化していっている中で、「タイガ」の作品は、いい意味で重いですよね。読んだ時に単純に、可愛い女の子のキャラクターに萌えたりするだけでない「何か」がある作品が多いと思っているのですが、そのあたりにこだわっている理由はありますか?

栗城:私は、コアな読書ファンは、実は昔からそんなにたくさんはいないと思っているんですね。せいぜい10万人ぐらいではないかと。世の中には、他にも楽しいものがたくさんある中、読書は時間も掛かるし、基本的にはパーソナルなものですから。しかし、10万人の読書ファンが、面白いと思ってくれれば成り立つ分野でもあると思っているので、その10万人に「読書が一番の趣味です」って言い続けてもらえるに足る作品を作りたい。読書好きを裏切ったらいけないと思っているんです。

f6_kodansha002
優れた作品は時代を超えて次の世代に受け継がれると思うんです。綾辻さんのサイン会に、祖父・親・子どもの三代で読んでいますという方もおいでになりますし、辻村さんのサイン会に親子でいらっしゃる方も増えてきました。「掟上今日子」のシリーズで、西尾さんも親子で読まれるようになりました。やはり優れたコンテンツは世代を超えて楽しまれるんだと思います。そういうものを送り出したいんですね。「癒しの読書」というのも当然あると思いますが、それは文三には向いていないんです。

ちなみに、加えて、「講談社ノベルス」は伝統的に恋愛小説が苦手なので、恋愛小説がありません。

廣田:それはなぜでしょうか?

栗城:男女の機微など他に任せておけば良いわ、という精神です(笑)。もともと、文学賞とは縁がないけど、とても面白い小説を届ける、というのが文三のスピリットなのだと思います。そしてそれが引き継がれて今の形になったのが「講談社タイガ」です。

廣田:確かに、ある種メインストリームや権威に対して距離を取っているというか、面白ければそんな権威なんて関係ないでしょ?という感じがあります。しかし、面白いし売れてるし、かつ、深い作品を出されています。そのあたりはかなり濃い性格がありそうですね。

栗城:そうですね。文学賞受賞作品は年に2冊ぐらい本を買う人が集中して買うから大きな部数が出ます。我々はこつこつ毎月買ってくれる人がお客さんです。やはりその人たちをがっかりさせたくはないですよね。

廣田:とてもわかります。

栗城:廣田さんも「新本格」とかを読まれていたときはヘビーユーザーではありませんでしたか?

廣田:そうですね。「ファウスト」などに出てきている作家さんはいまだに新作が出たら買います。あの中では、ダントツで舞城さんが好きだったので、今も買い続けてますよ。

栗城:デビューはとても衝撃的でしたよね?

廣田:はい。そこから僕はこれはなんなんだろうっていう謎から、色々と他の作家や作品を調べていくうちに、「そういう世界」があるのだと知りました。その時、小説が好きな人たちの熱いムーブメントのようなものがあるんだなって感じました。

f6_kodansha005
栗城:基本的に、リア充の人たちにはわからないさ、です。だからリアルな恋愛小説などないんです。

廣田:なるほど。”リア充なノベルス”って変ですよね。

栗城:裏切られた感じがしますから(笑)

廣田:(モテないけど、小説が好きなんだという)”こっち側”に居てくれる感じがします(笑)でも、オレたち頭良いんだぜ、というようなプライドを持っている。

栗城:そうです。「ノベルス」も「タイガ」も知的好奇心が読書の大きな動機になると思います。例えば本格推理と言われるミステリは特殊な読み方が要求されます。普通は「この人犯人ぽくない?」「この人が動機持ってそうじゃない?」といった根拠の無い雰囲気をもとに読みすすめていくと思いますが、本格推理は違います。動機などはどうでもよいとまでは言いませんが、大事なことは誰に犯行が可能だったのかとか、どのような方法で実現されたのかなどの論理性なのだと思います。読み方がわかればとんでもなく楽しいものになって、もっともっと同じジャンルの作品を読みたくなりますが、読み流すということができなくて、集中して読まないといけない。なので、癒されることがないんです。

廣田:確かに。推理の筋道を追うと、結構、知的な負荷は強いられますよね。

栗城:そうなんです。万人向けとは言えないのですが、だからこそハマる人は長く読んでくれるというジャンルでもあります。「シャーロックホームズ」はいまだに読まれていて、今読んでも面白いですよね。島田荘司さんが「本格推理とは魅力的な謎が冒頭にあってそれが論理的解決で解かれるものである」とおっしゃっていますが、そういうやや面倒くさい読み物なんです。

廣田:その面倒くささの中に面白さや知的好奇心のようなものがあるということですね。

栗城:そうですね。今回「タイガ」ではそれを本格推理だけに絞らず、読書にサプライズを求めたり知的興奮を求めるという命題で、先ほども少しお話ししましたが、SFやホラー、というように少しずつジャンルを広げています。その幅広さがおそらく文庫という判型の一般性に合っているのではないかなと思います。

widelux_kodansha005
廣田:栗城さんは今後フィクションはどういうところに向かうのか、また可能性についてどうお考えになりますか?

栗城:フィクションの根本にあるのは現実逃避だと思います。これまで、小説は、まさに現実逃避のために読まれてきたし、本当に個人的体験だったと思うのです。

でも、最近は読書メーターやSNSを通じて、誰かと共感したりするコミュニケーションが生まれるようなツールの一つになってきていますよね。

ですので、今後は、共感される幅を増やすという意味で、メディアミックス展開などに挑戦していきたいです。これは、これまで講談社が苦手としてきたことです。実際、すでにコミックとコラボレーションしている作品もあり、アニメ化が決まっている作品もいくつかあります。間口を増やすという意味ではそういった試みが必要だと思っています。

ただ、気をつけなければならないのは、そうしたメディアミックス展開という手段が目的化すると、作品の命を縮めてしまう危険性もあるので、まずは作品の強度が一番だと思って取り組んでいます。根本に強度のあるフィクションがないと長く楽しんでもらえるものにならない。そこは守らないといけないところですね。

コミックから入ってきて、小説のファンになってもらうという流れも作れれば良いですね。小説も、コミックも等しく楽しんでもらえたらうれしいです。コンテンツは読者のものなので、間口は広くして、色々なところから自由に出入りしてもらって、楽しさが最大化したら最高、というのが今の考え方です。

f6_kodansha003
廣田:「根本に強度のあるフィクション」とは何でしょう?

栗城:例えば『十角館の殺人』は漫画にもアニメにもなっていません。もともと小説でなければ書けないからです。それこそが、小説の強度なんだと思います。フィクションは、一番そのコンテンツに向いている書き方や作り方で表現されているはずだと思うので、漫画も漫画発のものは漫画でなければいけない表現だったのだと思います。ただ、小説を漫画にした時、小説を超えはしないかもしれませんが、誰かにリーチするものになるでしょうし、逆もまた一緒ではないでしょうか。映画のノベライズなどはそうだと思います。

廣田:コアにフィクションとしての強度がある。色々な間口は作るけれど、コアなところにたどり着いた時、面白いと感じる人がずっと買い続けてくれるっていうことでしょうか?

栗城:そうありたいですね。フィクションの可能性としては、読者の声が聞こえてくる時代になったので、読者と一緒に完成させる小説も一つのジャンルになるかもしれません。今後、ゲームやアニメの世界にいるクリエーターが書く小説も増えていくと思います。特にゲームの世界には昔だったら小説家になっていたかもしれないすごいクリエーターがたくさんいますし。

廣田:夏目漱石が今生きていたらニコ動とかやっていたんじゃないか説、とかありますよね(笑)最後に、テクノロジーとフィクションの関係性みたいなものをお聞きしたいです。タイガでは、SF的な想像力に満ちた作品も多く並んでいます。実際、この度、森博嗣先生の作品のプロモーションとして、「犀川AI」を作成されていますよね。巷では、将来AIがフィクションを書くなんてことが言われています。国内外問わず、SFの昨品内ではそういう世界のことがたくさん描かれていますよね。色々な表現の可能性が出てきている中で、何かそういう新しい技術と昔からあるフィクションを掛け合わせたらどのような可能性があるのでしょうか?

f6_kodansha006
栗城:やってみないとわかりません。(笑)ただ、そういうことを考える時、立ち戻って考えると、小説とは何かということが大事だと思うんです。ちなみに、小説と漫画やライトノベルで一番違うのはどこだと思います?

廣田:漫画・ライトノベルVS小説ですか?難しいですね。小説・ライトノベルVS漫画だったらわかるような気もするのですが。

栗城:創作作法が違うんです。漫画やライトノベルは、連載や連作が前提で、書きながら読者の反応を見て筋が変わっていく。小説は最初から最後まで作家の頭の中にあるんです。それから、ライトノベルとコミックは作品ごとに認識されます。例えば、『弱虫ペダル』の作者は誰ですかって言った時に答えられる人は作品タイトルがわかる人のうち半分以下になると思いますが、小説はほぼ必ず作家の名前で認識されているんですよね。

廣田:なるほど。とても面白いです。

栗城:小説はやはり作家一人のものだと思います。連載小説があるにせよ、作家はだいたい最後まで俯瞰した上で連載が始まります。全ての小説は作家の頭の中では書き下ろされていると思って良いと思います。しかし、漫画はおそらく違って、その時その時の盛り上がりや、ここ人気良かったからもう少しこうしていこうって編集者と一緒に作っていくものだと思います。従って、着地点が決まっておらず、書き下ろしが前提ではないものだろうと思います。ライトノベルも、コミックと近い作り方をしています。ライトノベルはプロットから始まるのですが、本格ミステリーはプロットから始まったら編集者がネタを知ってしまうじゃないですか。そうすると、最後出来上がった時にもらって驚けるかどうかわかりませんよね。

廣田:面白いです。実際、編集者もそこで驚くわけですね。

栗城:編集者は最初の読者になりますから。プロットを出される作家さんもいらっしゃいますけど、ライトノベルほど詳細なプロットではありません。

f6_kodansha001
廣田:作家性と技術表現、つくるプロセスの関係性についてもう少し、伺ってみたいのですが、小説は、必ず作家の名前で認識されるという話があるとして、どうすれば、それが「作家のもの」として認識されるんでしょうね。AIは作家になれるのでしょうか?

栗城:例えば作家とAIがコラボでも良いですが、それは誰の作品になるのかというところは、できてみないとわからないですね。新しい名前の作家になるのかもしれないし、ただのコラボになってしまうのかもしれない。本当に異種格闘技といった感じですね。

廣田:それはとても面白い視点で、AIが仕事を奪うなんて話が出てきた時に、誰も作家性は気にしてなかったと思うのですが、フィクションをずっとやられている方からすると作家性がどこに宿るか気になるのですね。

栗城:それこそ森さんの作品にありますが、「人間は思考が飛躍する」のが特長です。本格推理でも、論理の飛躍が無いと面白く無いと言われています。

廣田:なるほど。思考の飛躍こそ、作家性、人間性の特長なのかもしれませんね。果たして、AIが書いた作品は、漫画的になるか小説的になるか、あるいは全然違う作家性が出てくるのか……。これからのタイガ、講談社ノベルスの新作を楽しみにしています。今日はありがとうございました。

栗城:こちらこそありがとうございました。

  • 栗城浩美(くりき・ひろみ)
  • 上智大学外国語学部イスパニア語学科卒業。株式会社講談社に入社後、幼児図書出版部で絵本の編集を経て、2001年に文芸第三出版部へ。当初は絵本との文字量と内容の落差に驚愕する。講談社ノベルス、単行本(主にミステリ)の編集にかかわる。2012年から文芸第三出版部部長。2015年、小説の新レーベル「講談社タイガ」の創刊を手がけた。
  • SHUSAKU HIROTA
  • Communication Designer / / dentsu
  • 放送局勤務を経て2009年に電通入社。企業のデジタル戦略的活用のお手伝いをしています。社内横断組織「電通モダン・コミュニケーション・ラボ」ディレクター。著書に『SHARED VISION』(宣伝会議)がある。趣味は、読書と座禅。